1. ドイツの蒸気機関車
2. オッフェンブルク(Offenburg)にある蒸気機関車
3. オッフェンブルク(Offenburg)の概要
1. ドイツの蒸気機関車
蒸気機関車は、ドイツ語で
「(Die) Dampflokomotive 」(ダムプュロコモティーヴ(のような読み方))と言います。
英語では「 Steam Locomotive 」と言います。
日本語で「SL」と言うのは、「 Steam Locomotive 」の略で、
これは、和製英語だそうです。
蒸気機関車は、
イングランド出身の Richard Trevithic(リチャード・トレビシック)が発明し、
同じくイングランド出身の George Stephenson(ジョージ・スチーブンソン)が実用化に成功しました。
ドイツの最初の蒸気機関車は、
イギリスから輸入された機関車や客車で、
「Adler(アドラー)」(ドイツ語で「鷲」の意味)と名付けられました。
ドイツ最初の鉄道の開業日は、1835年12月7日で
Nürnberg(ニュルンベルク)とFürth(フュルト)の間、約6kmを
9台の客車を引きながら走行しました。
DB Museum Nürnberg(ドイツ鉄道の交通博物館、ニュルンベルク)のサイトを参照しました。
リンク先のサイトに、1835年当時の絵が載っています。
蒸気機関車なので黒色かと思ったら、客車はおしゃれな色でした。
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2. オッフェンブルク(Offenburg)にある
蒸気機関車
オッフェンブルク(Offenburg)に蒸気機関車が展示されている広場があります。
この蒸気機関車は、
オッフェンブルク大学(Hochschule Offenburg)
Badische IV h(バーデン大公国邦有鉄道)
Lokomotiv-und Maschinenfabrik J.A.Maffei(J.A.マッファイ)
この形式は、20台発注され
全車ともJ.A.マッファイが製作・納入しました。
(先行するるIId型・IVf型は、
初めはJ.A.マッファイが製作を担当し、
増備車や量産車は、地元機関車メーカー Maschinenbau-Gesellschaft Karlsruhe(カールスルーエ機械製造)がJ.A.マッファイのライセンスの下で製作していました。
これは、バーデン大公国の国内機械産業育成方針によるためです。)
発注された20台は
1918年から1920年にかけて3回に分けて納入され
オッフェンブルクに配置されました。
この蒸気機関車(車両番号:18 323 )は
1920年(3回目)に納入されたものです。
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蒸気機関車(Offenburg) |
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蒸気機関車(Offenburg) |
この蒸気機関車は、
Schnellzuglokomotive Baureihe 18 323 (bad. IV h)です。
オッフェンブルク大学(Hochschule Offenburg)
(英語表記:Offenburg University of Applied Sciences)のそばで、
Südring と Badstraße の交差点の所です。
< 発注元 >
Badische IV h(バーデン大公国邦有鉄道)
< 発注先 >
Lokomotiv-und Maschinenfabrik J.A.Maffei(J.A.マッファイ)
この形式は、20台発注され
全車ともJ.A.マッファイが製作・納入しました。
(先行するるIId型・IVf型は、
初めはJ.A.マッファイが製作を担当し、
増備車や量産車は、地元機関車メーカー Maschinenbau-Gesellschaft Karlsruhe(カールスルーエ機械製造)がJ.A.マッファイのライセンスの下で製作していました。
これは、バーデン大公国の国内機械産業育成方針によるためです。)
発注された20台は
1918年から1920年にかけて3回に分けて納入され
オッフェンブルクに配置されました。
この蒸気機関車(車両番号:18 323 )は
1920年(3回目)に納入されたものです。
< 運用していたところ >
- 1920年4月1日に発足した「 Deutsche Reichsbahn(DR)」(ドイツ国営鉄道)
- 1924年8月に改組されてできた「Deutsche Reichsbahn-Gesellschaft(DRG)」(ドイツ国有鉄道)
(オッフェンブルクに現存している蒸気機関車と同じ形式の機関車で、
車両番号 18 326 は1944年に戦災を受けて廃車となりましたが、
残りの車両19台は戦火を逃れました。
しかし、1948年から休車となり運用が終了されました。)
- 1951年に発足した「 Deutsche Bundesbahn(DB)」(ドイツ連邦鉄道《西ドイツ国鉄》)に引き継がれました。
DBは、運用終了していたこの蒸気機関車のうち3台の使用を再開しました。
その3台の車両番号は、18 316、18 319、18 323 で、
オッフェンブルクに現存する車両も含まれていました。
- 1969年に運用を終了しました。
ウィキペディアを参照しました。
オッフェンブルク(Offenburg)は、
ドイツ南西部のバーデン=ヴュルテンベルク州(Baden-Wuerttemberg)
(州都は、シュトゥットガルト《Stuttgart》)にある都市で、
オルテナウ(Ortenau)経済圏の最大の街です。
東側:Schwarzwald(シュヴァルツヴァルト)
Schwarzwald(シュヴァルツヴァルト)は、ドイツ語で「黒い森」を意味するため、
Black Forest(ブラック フォレスト)とも呼ばれています。
西側:Rhein(ライン川)、
周辺に果樹園やブドウの産地があります。
ドイツのワイン生産地「Baden(バーデン)」の中に位置しています。
Badenワインに使われる畑は、
細長いものの、南北 約400km にわたっていて、
オッフェンブルクは、その中央付近に位置しています。
ドイツ南西部のバーデン=ヴュルテンベルク州(Baden-Wuerttemberg)
(州都は、シュトゥットガルト《Stuttgart》)にある都市で、
オルテナウ(Ortenau)経済圏の最大の街です。
< 人口 >
2016年の人口は、6万人弱(59,916人)です。
(自治体のサイトを参照)
< 位置関係 >
東側:Schwarzwald(シュヴァルツヴァルト)
Schwarzwald(シュヴァルツヴァルト)は、ドイツ語で「黒い森」を意味するため、
Black Forest(ブラック フォレスト)とも呼ばれています。
西側:Rhein(ライン川)、
周辺に果樹園やブドウの産地があります。
ドイツのワイン生産地「Baden(バーデン)」の中に位置しています。
Badenワインに使われる畑は、
細長いものの、南北 約400km にわたっていて、
オッフェンブルクは、その中央付近に位置しています。
北西側:Strasbourg(ストラスブール、フランス)
ライン川(国境)をこえた先には、
フランスのストラスブール(Strasbourg、欧州議会の本会議場がある)があります。
ライン川(国境)をこえた先には、
フランスのストラスブール(Strasbourg、欧州議会の本会議場がある)があります。
距離は、北西へ約20kmです。
オッフェンブルクからストラスブールへは、
TER(フランス国鉄のSNCFが運行する列車)を使えば、約30分で行けます。
オッフェンブルクからストラスブールへは、
TER(フランス国鉄のSNCFが運行する列車)を使えば、約30分で行けます。
フランス語では「末尾の子音g」を発音しないので
「××ブール」の様な感じに聞こえますが、
ドイツ語では「末尾の子音g」を「無声のk」と発音するので
「××ブルク」の様な感じに聞こえます。